映画・テレビ

2018年5月20日 (日)

映画「モリのいる場所」

この週末に不思議な映画を観てきました。

 
 
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実在の画家、熊谷守一(モリ) を山﨑努さんが、
 
妻秀子を樹木希林さんが演じられた、
 
晩年の夏の一日を描いた物語です。
 
熊谷守一氏は晩年の30年を、東京の自宅から
 
ほぼ一歩も出ず、自宅の庭がまるで小宇宙かの
 
ごとく、日がな一日、草花や虫たちをじっと
 
観察し、夜に画業にいそしまれたのだとか。
 
そもそもは母がこの映画に興味を持ち、
 
予告編にもあったのですが、
 
文化勲章授与の申し出を、熊谷氏が一言
 
「要らない。袴着るのもいやだし、人が(自宅に)
 
たくさん来るのもいやだ」と断ったため、
 
秀子さんは動じず「いらないそうです」と。
 
このシーンの樹木希林さんのたたずまいが
 
本当におかしみがあってリアルで、
 
これはちょっと面白そうだな~と思いまして。
 
正直、樹木希林さんが秀子さんでなければ、
 
この映画の面白みは半減してしまうかも。
 
 
どんな映画?テーマは?何を伝えたいの?って
 
言われると、けっこうこまるタイプの
 
映画なんですが(^^;)
 
わたしが好きなシーンの1つ。
 
お隣にマンション建設が持ちあがります。
 
モリ宅隣にマンションが建つと、庭の日当たりが
 
悪くなり、画業に影響が及ぼされる。。。
 
モリを尊敬する美大生達が反対運動をします。
 
その運動をやめさせてくれ、と、マンションの
 
オーナーと工事現場監督が、モリ宅を訪問。
 
世俗ごとを全て請け負う形で秀子が応対、
 
知らないモリはたまたまトイレにいます。
 
急にもよおした強面の工事現場監督が、
 
トイレでモリとばったり。
 
その時、なぜか工事現場監督は一度
 
引き返し、何やらを持って再びトイレへ。
 
その何やらとは、絵が好きな息子の作品。
 
奥さんは「この子には才能があるから、
 
機会があったら熊谷氏にみてもらえ」と
 
夫である工事現場監督へ作品を託します。
 
もしも、高名な画家であるモリに作品を
 
認められたら、今後息子の教育方針を
 
変えようと思う・・・強面で現場をやりづらく
 
するなと訴えに来た監督の、良き父である
 
一面が垣間見えます。
 
そして、作品を観たモリの一言。
 
「へたですね」
 
「でも、じょうずは先が見えてしまいます。
 
へたも絵のうちです」と。
 
ここから、モリと強面現場監督の奇妙な
 
友情?が芽生えます。
 
モリは決して尊大な人物ではなく、
 
世俗とのつきあいは決して上手では
 
なかったでしょうが、あらゆる生き物に
 
やさしい人なんじゃないか。
 
そして、庭の中の小宇宙あらゆることに
 
楽しみや新鮮さを見出す、子ども心を
 
持ち続けた人なんじゃないか。
 
今は亡き絵描きにちょっと思いを
 
馳せてみた週末でした(^^)
 
 

2017年5月20日 (土)

映画「メット・ガラ」 =ファッションはアートなのか?=

どうもです。

 
今週も1日前倒し土曜日アップで
映画をご紹介します(^^)
 
その名もメット・ガラ
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メットとは、ニューヨークにありますメトロポリタン美術館
です。
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コレクションの規模も幅も、アジアからヨーロッパから、
あらゆる時代の美術品が集結している、
云わば「芸術の殿堂」であります。
 
ここにある服飾部門は、他の絵画や彫刻、
宗教モニュメントなどに比べて、
「ファッションだろ?芸術じゃない」と、
かなり冷遇されているそうです。
そこで、VOGUE名物編集長アナ・ウインター
が、ファッション界のアカデミー賞と
いわれるようになった、資金集めの
パーティ、「ガラ」を主宰するようになりました。
 
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この映画は、2015年に開催されました
服飾部門の展示「鏡の中の中国」と
ガラ・パーティの準備をカメラに収めた
ドキュメンタリーです。
 
もともとは若きキュレーター、
アンドリュー・ボルトンが2011年に
急逝したデザイナー、アレキサンダー・マックイーン
の回個展を開催したのがきっかけ。
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それまで美術館に行列なんてできなかったのに、
本展示は大勢の人達が何時間も並んで、
マックイーン作品に見入ったそうです。
その展示の評判が高過ぎて、何かと比べられる。
そろそろ違うものを・・・と企画したのが、
鏡の中の中国というテーマです。
 
これまでも多くのー主にヨーロッパのデザイナー
達が、シノワズリーと呼ばれる、歴史ある中国を
モチーフに素晴らしい刺繍などを施した
美意識の高い服飾を手掛けてきました。
その、ある意味「欧米から見た中国」の
ファンタジックな部分をファッションに凝縮した
展示です。
 
その開催にあたり、総監督に白羽の矢が
あたったのは、映画監督のウォン・カーウァイ
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香港映画好きならお馴染みの方で、彼の作品は
ファッション性も高く、とりわけこの花様年華
ヨーロッパ人デザイナーのファンも多く、
まさにこの1960年代の退廃的香港ムードが
彼らにインスピレーションを与えたりもしたようです。
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マギー・チャンのチャイナドレスの美しいこと!
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そこで展示とガラ・パーティの準備が始まるのですが
これがもう・・・あらゆる政治的配慮と資金が必要、
通常展示の3倍規模だそうです。
 
展示の政治的配慮とは、美術館内と対中国。
まず美術館内。
何せ立場の低い服飾部門。
(部門フロアや修復は地下だそうです・・・)
中国古代美術フロアにファッションを飾ろう
ものなら、本来の展示をふさがないように、と
釘をさされます。
展示内装工事にも配慮が必要です。
 
なぜなら、他部門にとっては、はたして
ファッションはアートなのか?
アートじゃないだろう?と。
 
若きキュレーター、アンドリュー・ボルトンは
「ファッションはアートだ。素晴らしい刺繍や
高い技術、美意識がこめられている。
そして、議論は大歓迎だ」と、大変アグレッシブな
姿勢を崩しません。
 
一方、当のデザイナー達はきっぱり否定します。
 
ファッションはアートではない、と。
 
元シャネルのデザイナーを務めた
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ファッションデザイナーが自分達をアーテイスト
なんて思うなら、それは最悪、と。
我々はドレスメーカーであり、身につけてくれる
女性を美しく見せる服を作っているんだ、と、
ある意味、ファッションメーカーであること、
日用品であることに高い誇りを持っています。
 
そして対中国への配慮。
本テーマで開催することをプレス・カンファレンス
かねて、アンドリューやアナ達は中国に赴きます。
そこの報道官が、ある意味無理解、ある意味
納得・・・な発言をします。
 
曰く
「なんで昔の中国なの?今じゃダメなの?」と。
 
ズバリ、今の中国になんの美意識があるんじゃい、
というのが、アンドリューやアナの見解でもありますが
あからさまには言えない。
立ち会ったウォン・カーウァイはもともと大陸で生まれ、
幼いころに香港に家族と移住した人ですので、
その辺の感覚は分かるわけで、
「古いものを知ることが、未来への進化を助ける」
と解説。
そこを更に、正論と事実をきっぱり説明したのは
アナ・ウインターでした。
文化大革命で一度自らの文化や過去を全否定
した国ですからね・・・。
 
この、ファッション性高く英語も堪能ではありつつ
あくまで東洋人なウォン・カーウァイの持つ
感覚、というのが本展示では思いのほか
重要だと感じました。
 
というのも、アンドリューもアナも共にイギリス人。
美しい古代中国の仏教美術も、あくまで作品、
モチーフという見方をするのです。
そのため、人民服と一緒に仏像をホールに
飾りたいなどと提案。
私はこのセリフを聞いたとき、とっさに
「それはまずくないか?」と。
そして、ウオン・カーウアイも難色を示します。
それは大変デリケートで微妙な問題だと。
 
仏教美術でもあるけれど、信仰の対象でもある
仏像。それをモチーフ扱いとはいかがなものか?と。
一事が万事こんな感じ。
ちょっと東洋人として、見ていても
「やはり東洋の文化を深いところまでは
 西洋の方々に理解頂くのは難しいのかもな」と
感じ入ってしまいました。
 
一方のガラ・パーティ。
こちらの準備も大変です。
誰を何名招待するのか?
席料は一人当たり25,000ドル。
600席のメンバーと、席次表を
ひたすらにらめっこ。
そして、アナが、本ガラに絶対外せないと
主張した、歌姫リアーナは、ギャラが
高額過ぎて交渉が決裂しそうになります。
結局、スタッフからアナに、リアーナ直々に
ぜひお願い、していただくことになりました。
 
そしていよいよ、メット・ガラ開催です。
並みいるセレブ達も美しく華やかに着飾って
ご登場。
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私がメット・ガラという言葉を知ったのも、
まさにこの回、2015年度からでした。
なんかね、このキム・カーダシアンはじめ、
ジェニファー・ロペスやビヨンセも、やたら
透け透けなドレス(そもそも服?(^^;))を着て
全体的に不思議なファッションだったんですよ。
 
西洋人が東洋を真似てみたら
なんだかマヌケだった、みたいなね。
 
そしていよいよ真打ち、リアーナ。
ローブを身にまとって登場したリアーナ
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そう、この・・・ネットではオムレツドレス、とか
炬燵布団ドレス、などと賛否両論。
私自身もこのドレスのインパクトに
メットガラ2015を覚えており、正直、迫力は
認めるけど
なんでリアーナ、ゴージャスな掛け布団を
巻きつけているの?って思いましたもん。
 
そんなこんなのガラ・パーティは、テーブルの
ナプキンにいたるまで、アナの高い美意識が
働いており、スタッフも追いつけずにアイデアを
散々却下されておりました。
最終的に集めた資金は、2015年までに
1億2千万ドル超え(日本円で133億超え)だそうです。
 
 
美しいドレスも数多く登場するファッションムービーであり、
アナやアンドリューらの高いプロ意識のお仕事ぶりを
見る、社会人ドキュメンタリーでもあります。
 
そして私自身は、この映画のおかげで、
長年モヤモヤしていた心の霧がすっと
晴れた思いです。
 
ファッションはアートなのか?という論争の前に、
そもそも、アートってそんな上なわけ?と言いたい。
 
芸術というのは、芸と術。
高い技術と美意識を持って造られた作品は
時を超えて後世に残ります。
私自身、そんな芸術品達を見ることが好きですが、
美術館というのは、そんな作品を保管し修復し
我々に見せてくれるありがたい場所ではあっても、
「お高い」場所なのか?と。
 
市井の中の職人さん達が高い技術と
これまた高い美意識で造る日用品の数々も
どれだけ人々の暮らしを潤わしてくれることか。
それはファッションだって同じなのではないでしょうか?
 
単なるもの、ではなく、背後にしっかりとした
物語を持ち、造り手の魂が込められていたなら、
それは全て芸術なんだと、私は言いたい。
 
今回、そこの部分がスパーン!と映画を観て
自分の中で明確になりました(^^)
 
最後に、いろいろなファッション好きには
たまらない方々もちょろっと登場しますよ。
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そして惜しくも昨年お亡くなりになった、
ニューヨークの名物ストリートカメラマンである
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彼は、以前の服飾部門のコンサルタントも務めた
ダイアナ・ヴリーランド フロアの扱いの低さも
知っていたため、
この2015メットガラと展時の成功を
アンドリューにねぎらいました。
 
大変見ごたえのある、考えさせられる
ドキュメンタリー映画です。
よろしければぜひ(^^)

2017年2月19日 (日)

映画「人生フルーツ」=年輪を重ねる美しさ=

どうもです。

 
かねてより気になっていた映画を
ようやく昨日観に行って参りました♪
 
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もともとは東海テレビのドキュメンタリー番組でしたが
評判が評判を呼び、ついに映画化され、
こちらもちいさい映画館での地味な上映ながら
口コミで評判が広まったものです。
 
お話としては、
愛知県高蔵寺ニュータウンの戸建てに住まわれる
津端(つばた)ご夫妻の物語です。
 
旦那様は津端修一さん90歳、
奥さまは英子さん87歳。
修一さんは建築家です。
かつて日本住宅公団にて数多くの団地を含めた
都市計画に携わっておられました。
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画面左下が若かりし頃の修一さん、
右が英子さんです。
 
1960年代、愛知県高蔵寺にニュータウンを
建設の際、雑木林を残し、山を生かした
地形のままの計画を立てたのですが
時代は経済効率優先、結局無機質な
大規模団地になりました。
 
そのことが修一さんの心に深く刻まれ、
視察に行ったヨーロッパでのキッチンガーデン
風景から、ひとりひとりの小さな庭でも
そこに雑木林を育て始めたら、土をつくる
ことができたら、先の代にも良い土、
良い作物の土壌を残せるのでは?と考え、
ご自身も高蔵寺ニュータウンに土地を
手に入れ、家を建て、雑木林を
育て始めます。
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1975年、自身の師でもある、
建築家アントニン・レーモンドの自邸に倣って
このような平屋を建てられます。
そしてお庭に雑木林やら作物、果物を育て
始めるのです。
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ゆっくりとこつこつ・・・
ナレーションは女優の樹木希林さん。
穏やかな老夫婦の暮らし、
そして90歳の修一さんに建築の相談が
舞い込みます・・・。
 
と、ここまでがおおまかな物語です。
映画館は、東中野にあります
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かなり混みます、週末午前中10時半の回は立ち見も
出ますので、先日は朝8時半の回も出来ていた。
私はBSワールドニュースでこの作品を知ったのですが
すでに評判になっており、10時半の回のために
9時40分に行ったら、もう整理券18番目、
10時5分の時点で満席となっていました。
これからご覧になる方は30分以上前に行かれる
ことをお勧めします。
 
さあ、ここからは感想を含めたネタばれになります!
 
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なにせ90歳と87歳、いろいろな工夫をしながら
作物を作り雑木林を育ててゆかれます。
梅干しやマーマレード、日頃の食卓に並ぶ
食物は、野菜や果物類は大半がご自身の
畑からですが、足りないものや魚類などは
年金が出た日、名古屋の栄まで買い出しに
行かれています。
 
決して、ガチな自給自足でもなければ
苦しい老夫婦の節約物語ではなく、
富裕ではないにせよ、それなりに豊かに
お暮らしなわけです。
(年金支給額32万円だそうです。
 2か月に1度の支給だけど、
 決してど貧乏ではないでしょう?(^^;)
 
ただ、お金や時間の使い方が、これ見よがしでなく
本当に自分達にとって大事なもの、ことに
使われ、決してぜいたくではない・・・
 
収穫は家族や孫やご近所さんに配られ、
必要なものだけを自分達の手元に残され。
 
いえ、旦那様の修一さんはヨットがお好きなので
「贅沢じゃん!」という突っ込みもあるかと
思いますが(^^;)
修一さんは高蔵寺の件をきっかけに
少しづつ仕事から距離を置かれ、
いきなり公団を辞めて大学の先生になったり
されたため、奥さま曰く、お金のやりくりは
それなりに大変だったそうです。
 
 
芸術家肌の旦那様とおおらかでさりげなく
夫を支える奥さまの、長年連れ添った細やかな
気遣いに満ち溢れた丁寧な暮らしを拝見すると、
「そうだよね!こういう老後だってあるよね!」と
元気づけられるのです(^^)
 
なにかと辛い苦しい情報ばかりが、
老後や老いについて流されがちだからこそ、
そうでないロールモデルがいてくれると
薄暗闇に明るい光が差し込むというか。
 
映画後半、修一さんは亡くなります。
昼間、畑の草むしりをした後、昼寝をしたまま
すうっとお亡くなりになり。
そのお姿もフィルムに収められていましたが
大変清らかなお顔。
そして、お亡くなりになる2か月前、地方の
とあるクリニックから施設の建設について
相談をもちかけられ。
自然と共存する建築を提案され、設計費やら
謝礼は一切受け取らず、
でも相談を受けて2日後には図面などを
提出出来るだけの、道具や頭脳の準備は
怠らない修一さんは、まさに
生涯現役を貫かれました。
 
残された奥さまはさびしそうではあっても
そちらにゆくまでは頑張るからね、と
同じような日々を、今度はおひとりで
こつこつ、積み重ねてゆかれます。
 
修一さんは生前、この施設の相談の際に
「お金ではありません、人が大事です」と
しきりに言われていました。
もちろん、お金がどうでもいいということではなく、
ただ、効率優先にしてしまうと、人間の生理が
脅かされかねない。
 
人間も自然の生き物だから、自然に沿った
建築をした方がよいですよ、と。
 
ここは見ていて「…」と思わされました。
私は今の仕事で、かなり効率とコスト削減を
気にしなくてはならない立場なので
人を見るときに、知らず知らず
「効率いい動き方、悪い動き方」という
判断をしてしまいがちだからです。
世知辛い自分、にトホホ・・・と
悲しくなっちゃいました。
 
また。
私は早くに祖父を亡くしていることと、
遠方に祖母が暮らしていたため、あまり
日常を共にすることが出来ずにおりました。
 
なので、老後や老い、に対してのお手本も
身近になく。
だからこそ、修一さんの穏やかなお顔を
拝見した時に、
どうしたらあんな風に良いお顔で
この世を去ることが出来るだろう?
これから先の後半生をどう生きていったら
いいんだろう?
 
この映画を見た後から、ずっとそのことを
考えつづけています。
今の生活をこの先もずっと続けて行くのもなあとか。
方向転換というか、方向性の舵を切り直す
季節に入りつつあるのかもなあとか。 
 
 
もしかしたら、他の方々も私と同じように
先行きを不安に思うからこそ、素敵な
お手本を見たくて、この映画に人が
集まるのかもしれません。
 
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まだしばらく上映は続くようですので、
よろしければぜひ(^^)
 
☆おまけ:
映画館の中はこんな感じ。
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昔からある単館上映の雰囲気ある映画館です。

2017年1月15日 (日)

映画SUPER FOLK SONG =出逢うタイミング=

どうもです。
 
この週末は全国的(北半球的?)に寒波が
押し寄せておりますね。
どうぞ暖かくして、お出掛けの際には
道路がカチカチに凍っているかもですので
ゆっくり歩かれてくださいね。
 
新年早々風邪をひいておりましたが
なんとか治ったので、寒波のさなか
ダッシュで観てきた映画を
ご紹介します。
 

映画SUPER FOLK SONG

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もとは1992年、アッコちゃんこと矢野顕子さんが
同タイトルのカバーアルバムを発売にあたり、
レコーデイング風景をドキュメンタリー映画に
納めたものです。
今回、アッコちゃんデビュー40周年に際して
デジタル・リマスター版を全国劇場にて
1月6日から1月21日まで、15日間限定で
ロードショーとなりました。
 
アッコちゃんが当時の旦那様、坂本龍一氏の
海外での仕事激増のためニューヨークに移住、
年に1度12月に毎年「さとがえるコンサート」にて
帰国ライブを開催されるようになり、確か昨年で
20年だったかと思います。
私はほぼ毎年友人とライブを鑑賞し続けて
いたのですが、この映画はまだ観ておらず、でした。
 
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全編モノクロ。そして、アッコちゃんレコーデイングは
ピアノと唄だけの一発録りで行われます。
他の方は結構良く出来た部分をつないで収録
されたりもするのでしょうが、アッコちゃん一発に
こだわります。
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演奏が終わるとミキシングルームに戻り
スタッフ達と音の確認。
そして、これが1992年だなあって思うのは
「テープ勿体ないから巻き戻していいよ。
 上から重ねちゃって」というアッコちゃん指示。
 
そう、今時の若い衆はデータで音楽を買うんでしょう?
この当時は録音テープを使用してのアナログ。
このテープがCD(さすがにレコードではないか)の
原版となるため、使用テープもかなり高価だったようです。
なので、本当に「これが最終」というもの以外では
無駄にテープを使いたくない、というのがアッコちゃん。
「・・・せこいね(笑)」と言いながら、スタッフから
「大丈夫ですよ、もう1テイク録りましょう」と言われてました。
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レコーデイング初期のころは指が思うように動かず
途中指輪をはずしたりします。
スタッフが昼食を申し出ても、今は声が出ているから
私は練習しているけど、スタッフは先に食べちゃって
いいからね、というアッコちゃん。
 
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収録風景を交えながら、ところどころ、アッコちゃんと
曲作りをしている糸井重里氏や宮沢和史氏らの
インタビューが盛り込まれます。
 
お名前を失念してしまいました、当時MIDIという会社で
アッコちゃんと関わり、現在は徳間コミュニケーションにて
お仕事をされている方のコメントがおもしろかった。
 
「当時、青山にあるロブロイ(ジャズクラブのようなもの?)で
”足でピアノを弾く少女がいる”って話題になったんです。
 それが鈴木顕子という人でした(旧姓です)。
 その後、彼女をデビューさせるにあたり、彼女は
 自分は表に絶対出たくない、と言っていたのです。
 が、スタッフ達との話の後、彼女は言いました。
 自分は表には出たくないが、自分が出ることで
 彼らが仕事しやすいなら出ます、と。
 (中略)
 その後、ニューヨークに行ってレコーデイングをするのですが、
 バックバンドのメンバーが涙を流しながら、ギャラを受け取らない。
 彼ら曰く、自分達は全く彼女をサポート出来てないからだ、
 まったくもってレベルが違う、と言っていました。」
 
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出た出た天才エピソード(笑)
 
そうなんです、私今回が初、なんですが、
つくづく「出逢うタイミング」を考えてしまった。
1992年、今から25年前にこの作品を見ても
「ああ、天才ですもんね、すごいですよね」で
終わってしまっていたもの。
ちゃんと受け止めることが出来なかったはず、
自分の成熟度を考えると(^^;)
 
けれど、この20年ほぼ毎年コンサートに足を
運び、アッコちゃんのステージを拝見しているでしょう?
20年変わらぬ艶やかな声、のびやかで軽やかな
ピアノでおもてなしを受けているわけです。
 
その「おもてなし」の積み重ねがあるからこその
裏側を知る、には今だったんだと思います。
確かに天賦の才能もあるだろうけれど、
自分に大変厳しく、かつ、映画の中でも本人の
コメントがありましたが
 
「私はもっとできるはず」
 
「私、基本的に自分を信じているから」
 
という、自分への絶対的信頼がある。
 
だからこそ、何度となくやり直しをして
一発録りを決めてゆくのですが、
終盤♪中央線♪はかなり苦戦。
一度別の曲ーご本人曰く「こっちの難曲がうまく
いったのにね」を演った後、再チャレンジをして
素晴らしい収録となりました。
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天才的才能の持ち主が、ひたむきに自分を信じ、
真摯に修練を積み重ねた結果を知っているからこその
今回の、結果の裏側、を見ることがとても大事
だったのだと思います。
 
 
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来週土曜日1月21日まで各地で上映していますので、
よろしければぜひご覧くださいね。
 
ではでは(^^)
 
☆おまけ:
 今ならもれなくこんなおまけが。
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なぜか四角い缶バッチがついてきます。
ありがたいような、ちょいとコワいような(^^;)
 

2016年10月16日 (日)

映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」

どうもです。

 
先日素敵な映画を観て参りましたので
ご紹介します(^^)
 
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かつて批評家からも大絶賛される一流ピアニストだった
シーモア・バーンスタイン氏。
けれど、商業主義や金銭的な事、そして舞台に立つ不安に
疲れ始め、50才で引退します。
その後は人にピアノを教えることに専念されているそう。
 
映画撮影当時89才のシーモアさんと出会い、
この温かい、芸術や人生について教えれくれる
ドキュメンタリー映画を撮ったのが、ハリウッド俳優の
イーサン・ホークでした。
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ニューヨーク、スタインウエイ・ホールの大広間で
数十年ぶりにピアノリサイタルをするシーモアさん。
そのリサイタルを企画したのもイーサン・ホーク。
その冒頭のご挨拶を引用します。
 
「皆さんに集まってもらった理由をお話しましょう。
 最近、僕は自分が俳優をやっている理由が
 分からなくなっていて、悩んでいました。
 富や名声といった表面的なことはインチキだと
 分かっていましたし、そんなニセモノの上に
 築き上げてもしょうがないと思っていました。
 じゃあ、本物って何だろう?
 そんな時、友人のトニー・ジートが夕食に
 招待してくれて、そこでシーモア・バーンスタインが
 隣に座り、出会ったのです。
 たちまち僕は安心感に包まれ、こういった悩みを
 打ち明ける気持ちになりました。
 そして、この1回の夕食で、シーモアは、
 同業者の誰よりも僕を救ってくれたのです」
 
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もう、このイーサンのセリフが全てです(^^)
 
万人受けする?というわけではないかも。
イーサンのような人生の折り返しに来ている人や
芸術、創作に関わる人にとっては、温かい空気に
包まれながらアドバイスを受けているような気持ちに
なれます。
 
私が特に好きな、ありがたいと心に響いたのは
以下2つ。
 
☆音楽に情熱を感じていたり、楽器を練習する
 理由を理解していれば必ずできるー音楽家としての
 自分と普段の自分を、深いレベルで一体化させることが。
 するとやがて音楽と人生は相互に作用し、
 果てしない充実感に満たされる。
 
☆誰もが皆、その答えを探している。
 人生に幸せをもたらすゆるぎない何かを。
 聖書に書いてあるー救いの神は我々の中にいると。
 私は神ではなく、霊的源泉と呼びたい。
 大半の人は、内なる源泉を利用する方法を知らない。
 宗教が腹立たしいのは、答えは”我々の中にはない”と
 思わせていること。
 答えは神にあると。 
 だから皆、神に救いを求めようとするが、
 救いは我々の中にあると私は固く信じている。
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子供のころピアノを習っていたせいか、
シーモアさんの演奏する、温かく美しいピアノの
音色がとても懐かしく感じます。
ああ、ピアノ教室ってこんな感じだったなって。
こんなにすごい先生ではもちろんなかったけど!
 
そして、こういう先生に芸術を、それももっと早い
段階で教われたらなあ…って。
 
静かな、温かい芸術への示唆と滋養に満ちた
美しいドキュメンタリーです。
よろしければぜひ♪(^^)